紅いホシの物語 紅いホシの物語

「そこで、何をしているの」
「ホシが落ちてくるのを待っているのさ」
「ホシ?」
「満月を過ぎた、ちょうど今みたいな十六夜の月の頃にはね。この軌道エレヴェエタにホシが当たって落ちてくることがあるんだ。……ああ、ほら。見てご覧」

 そう言ってその人が指差した方向に目を向けると、天まで伸びている機械の樹木みたいな軌道エレヴェエタ沿いに、チカチカと光りながらころん、ころんと、何かが落ちてくるのが見えた。その人はいそいそと手にしていた耐熱シィトを広げると、軌道エレヴェエタに押し当ててその何かを掬い取ろうとしている。やがて、その何かはぽすん、と、彼女の耐熱シィトの中に収まった。

「よしよし、うまく回収できた。取り零すと砕けてしまうことがあるからね」

 満足げな表情を見せるその人はしかし、耐熱シィトの中からまだ淡く光るそれを摘み取ると、酷く怪訝そうな顔をしていた。

「どうしたの」

 しかし、彼女は僕の問いには答えず、繁々とそれを見つめている。だいぶ発光が収まってきたそれは、まるで軌道エレヴェエタの足元に溜まる錆の水溜りのように、紅く紅く澄んだ色の塊であった。

「ははぁ……これはなんということだ。暫くこの仕事を続けているが、こんな色のホシに出くわしたのは初めての事だ」

 その人は酷く満足そうに、鞄の中から巾着袋を取り出して大事そうにその「ホシ」を仕舞い込んだ。僕は興味本意からその鞄の中を覗き込む。すると、色んな金具や繊細な工具がびっしりと中に入っていた。

「こら、何も面白いものなんかないよ。ただの商売道具だ」
「あなたは……?」

 僕の問い掛けに、彼女はニヤリと笑って答えた。

(かんざし)屋さ」

 その軌道エレヴェエタがいつからあるのか、正確にわかっている人間は最早数少ない。

 この空中都市「杜京」の主要なパイプラインであり、地上から伸びて杜京を経由し、成層圏の更に外にあるスペヱスコロニイまで繋がっているそれは、何度も増築・修復を繰り返され、まるで機械で出来た樹木のような姿をしている。さながら、地上の労働力や資源を搾取し続けて繁栄する杜京そのもののようでもある。

 スペヱスコロニイの恩恵を直接受けており、ほぼ労働することもなく日々を過ごすことができる杜京の民。富裕層しか存在しないこの空中都市だが、しかしやはり変わり者は存在した。軌道エレヴェエタの近くを彷徨いて、時折空から落ちてくる「ホシ」を拾い、それを装飾具に加工して売り歩く簪屋。この物語は、その簪屋が作った装飾具に纏わる、エピソォドの一片である。

星降(ほしくだり)華簪(はなかんざし)

「地上上がりの女郎なんて、その辺で打ち捨てられててもおかしくないだろう? あんたみたいな綺麗な男に、ひと思いに貫かれるのも、悪かぁないと思ってさ」

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星降(ほしくだり)砂簪(いさごかんざし)

「昔の画家は、紅い色を出すために辰砂という石を使っていたという話は知ってるかい? 辰砂という石は加熱すると毒の成分を出す。辰砂に限らず、毒の成分を含む顔料は多くてね。だから昔の画家はそれで体を壊す事もあったそうだよ」

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星降(ほしくだり)花櫛(はなくし)

「いやはや、もしや私の恋敵は巷を騒がせる殺人鬼ですかね? ……これは手強いな」
「あら、恋敵だなんて。心にもないことを仰いますのね」

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collaboration by

[artist]九条かおる

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ハンドメイドでりんご飴やスチームパンクアイテムなどを作りながら猫と戯れ紅茶を愛しひっそりとビンテージカップや文房具を愛でる人。

[writer]永久野和浩

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小説家になろう
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大正70年生まれを自称する大正時代好きの物書き。鉱石が薬になる架空の大正時代を描いた「極楽堂鉱石薬店奇譚」シリーズ等を執筆。