「それで、ここがその【リユミヌー珈琲】という喫茶店なのかしら?」
「ええ、多分ですけど」
桜子の問いに、由乃はやや自信なさげに答えた。二人とも、雲水峰高等女学校の制服である夏物のセヱラァ服を着ている。スカァフの色が桜子は紺色、由乃は臙脂色で、その色の違いが二人の学年の違いを表していた。
洋燈が描かれた不思議な字体の大きな看板、美しい一枚硝子の扉、煉瓦造りのような外装。その外観は、由乃の姉の奈落や、姉の店に入り浸る闇医者の風吹が言っていたものと一致していた。場所もここで合っているはずだ。
聞けば、とてもハイカラで不思議な店なのだという。提供されている品も、とても洒落ていて美味だという話だ。好奇心旺盛でお洒落なものに目が無い女学生の由乃が、その話を聞いて興味を持たない訳が無かった。
「でも、ご一緒するのが私で良かったのかしら? お姉様の奈落さんなら既に一度来ているのだし、お心強かったのでは……」
遠慮がちに尋ねる桜子に、由乃は大きく手を振りながら桜子の言葉を遮った。
「とんでもない! 私、桜子先輩の方がいいです! お姉ちゃんよりも桜子先輩の方が……あ」
そこまで言って、由乃は途端に頬を赤らめた。そういえば、まだ返事を保留にしているとは言え、由乃は桜子に「エス」の申し出をされていたのだ。「エス」とは、女学校の上級生と下級生が結ぶ特別な姉妹関係の事で、そのやりとりは淡い恋慕にも似ているものだった。確か姉の奈落は、桜子の姉の千代とその関係を結んでいたとかいないとか。長年その関係を羨むだけだった由乃は、突然自分に向けられたその感情に戸惑っていたのだ。
そんな由乃の様子を見て、桜子は少し苦笑いをした。
「まあ、私にも姉がいるからわかる気がするわ。こういう時、実の姉に頼るのは気恥ずかしいものよね。こんなお洒落なお店、一人で入るのは勇気がいるし」
由乃の気持ちを察してか否か、桜子はそう言って由乃にウインクして見せた。由乃は気恥ずかしさからすぐに顔を手で覆ってしまった。
「でも、不思議ね。私、いつもこの辺りを通るけど、こんなお店あったかしら?」
「二人とも、それは不思議がっていて……なんでも、午前中にしか見つけられないお店らしいです」
「あら、そうなの?」
「ええ」
由乃は、ふう、と一呼吸おいて気持ちを整えると、恐る恐る目の前の店の看板を見上げる。正直桜子の言ってた通りで、初めての店、しかもお洒落なお店に入るというのはなかなかに勇気がいるものだ。しかし由乃は気持ちを奮い立たせて、桜子の前を通り過ぎ、その硝子の扉の前に向かった。
「じゃあ……入りましょう」
取手に手をかけてグッと押し開ける。店内から音楽が流れてきた。蓄音機にしては、まるでその場所で演奏しているのかと思うほどに音が良い。店内の空気が心地良く由乃の中に流れ込んできて、由乃は一瞬我を忘れそうになっていた。
「いらっしゃいませ!」
女性の声と共に、後ろから桜子に肩を叩かれて、由乃は我に帰った。
「由乃さん、大丈夫?」
「え、ええ……」
不思議な感覚だった。姉の奈落は「鉱石体質」で、薬となる石を嗅ぎ分けることができるのだが、由乃はその鉱石体質の亜種で、人の感情、特に負の感情を匂いとして察知する。この喫茶店に入った途端、何かしらの匂いを由乃は感じ取った。しかし、それは決して嫌なものではなく、むしろ気持ちが吸い寄せられるような、居心地の良いものだった。この体質由来の「匂い」で、負の感情以外を嗅ぎ取ったのは、由乃にとってはこれが初めての事だった。
「……どうしました? 大丈夫ですか?」
気が付くと、先ほど声をかけた女性が目の前で由乃の顔を覗き込んでいた。
「あ、えと、すみません……大丈夫です」
モダンな洋装と、それに合う黒い前掛け。きりりと結い上げられた黒髪。愛らしい顔立ちの上には薄く化粧が施されているが、街を闊歩するモガほど嫌味な感じはしない。なるほど、この女性がこの店の女給なのだろう。背丈はさほど高くなく、目線は由乃と変わらない程度だった。それも合間ってか、年上なのだろうが小動物のような可愛らしささえ感じる。
「お二人様ですね。お好きなお席に座って下さい。奥のほうも空いていますし、カウンターでもいいですよ」
にこにこと話す女給の言葉に、由乃は桜子と目を見合わせた。初めて入るお洒落な店で、流石にカウンタァを陣取るのは勇気が要る。桜子もそんな由乃の気持ちを暗黙で汲んだ様だった。
「奥のお席にしましょうか」
桜子の言葉に、由乃は小さく安堵の溜息を漏らした。女給はそれを聞いて「では、奥の方どうぞ!」とさり気なく案内してくれた。
店内を見回すと、確かに不思議なオブジェが沢山飾られていた。見上げると、硝子の洋燈がいくつも吊り下げられている。由乃の目を引いたのは、その所々にある蝶の羽を模したようなステンドグラスの洋燈だった。蝶の模様は姉との縁の象徴でもあるので、由乃はなんとなく蝶の模様が気に入っている。なので、蝶の形のオブジェには自然と目がいった。
由乃と桜子は、店の一番奥にある席に腰を下ろした。先程の女給とは違う店員が、お冷を持ってきて二人の前に置いていく。横にあるのは本棚かと思いきや、本棚の絵が描かれた衝立だった。店内の壁も、煉瓦作りの様に見えるがどうやらそういう模様の壁紙のようだ。このような精密な絵の壁紙を、由乃は見たことがない。なんとも、異世界のような空間が演出された店だと感じた。
「さて……なんにしましょうか」
桜子は品書きを手に取ると、由乃に声をかけた。由乃はその品書きを覗き込んだが、正直なところ珈琲を飲むのは気後れがした。時々姉が飲んでいるのを目にすることはあるが、まだ学生の身である自分が飲んでもいいものだろうか。
「あら」
桜子がそう呟いて、品書きをなぞる指を止めた。
「【マンデリン】があるのね。私、これにしようかしら」
「まんでりん……?」
「珈琲の種類のことよ」
「桜子先輩! 珈琲飲めるんですか!?」
思わず声を上げてしまって、はたと由乃は口を抑えた。そして辺りを見回したが、幸いにして由乃の大声を咎める他の客はいないようだ。頬を赤らめる由乃に、桜子はくすくすと苦笑いした。
「少しだけね。マンデリンは本でそういう珈琲豆の種類があると知ったのよ。いい機会だから、飲んでみようかと思って」
「わぁ……」
珈琲が飲める。ただそれだけのことなのだが、由乃には桜子がとんでもなく大人のように思えた。そして、喫茶店に入っても珈琲以外の飲み物を探している自分が、途端に恥ずかしく感じた。
桜子が差し出した品書きを、由乃は食い入るように眺めた。そして頭の中では色んな事を考えた。ここは桜子を真似して同じものを頼むべきか、しかし、飲んだ事もない珈琲を口にして失態を晒すのも恥である。そもそも、この品書きに書いてある「中煎り」とか「深煎り」の意味もわからない。タンザニア、エクアドル、グァテマラ……珈琲とは、こんなに種類があるものなのか。
頭をクラクラさせながら頁をめくっていると、先程の女給がこちらの方を見ているのに気が付いた。由乃が困ったように笑ってみせると、女給はいそいそとこちらの席へ足を運んでくれた。
「お決まりですか?」
「あの、ええと……」
そう聞かれて、由乃は更に答えに窮してしまった。
「すみません、まだ決まってないんですけど……由乃さんは、珈琲が苦手なのかしら」
桜子の助け舟に、由乃は少し気持ちを落ち着けることができた。そして、一呼吸して冷静さを取り戻すと、もう正直に話してしまおうという気持ちになった。
「御免なさい、実は珈琲を飲んだ事がなくて……よくわからないんです」
「あら! そうなんですね。でしたら、そうですねぇ……」
女給は由乃が手にしていた品書きに目を通すと、ある一点に指を刺した。
「これなんかどうでしょう?」
由乃は女給が指差したところを覗き込む。そして、無意識にそれを読み上げた。
「平成の……レスカ?」
ひらなり? 誰? 頭に?の文字を浮かべて不思議そうな顔で女給の方に向き直ると、女給は苦笑いをして答えた。
「それは、【へいせい】と読みます。そっか、そうですよね……それは……うーん……まぁいいや。レスカとは、レモンスカッシュの事ですよ」
「檸檬スカッシュ!」
女給が何か口籠もったようだったが、檸檬スカッシュと聞いて由乃はそちらの方に気持ちを囚われた。檸檬スカッシュと言えば、巷で流行りの炭酸飲料と聞く。由乃の中では、洋装のモガ・モボたちがこぞって飲んでる印象だった。
「普通のレモンスカッシュとはちょっと違ってて、バタフライピーを使った青紫色の飲み物なんですけど、そこに後からレモンを入れるんですよ。そうすると、色が変わるんです!」
「へえ! 薄紅葵のお茶みたいですね」
薄紅葵なら由乃も知っている。姉の店でたまに出すことがあるからだ。柚子のような柑橘の汁を入れると、青っぽい茶が薄桃色に変化する変わり種の茶葉だった。
「薄紅葵……ブルーマロウですね? そうですそうです、でも、それよりもっと色が濃いんですよ」
「面白ーい! 私、それにします!」
「はい、かしこまりました!」
先程の抵抗感はどこへやら、由乃は目をきらきらさせて女給にそれを注文した。女給は前掛のポケットから注文表を取ると、桜子からも注文を聞いてそこに書き込んでいった。女給は軽く会釈をすると、カウンタァの奥へと戻っていった。
「……はあ、由乃さんは珍しいものをご存知なのね。薄紅葵のお茶なんて、初めて聞いたわ」
そう言って目を見開く桜子に、由乃は慌てて手を振った。
「とんでもない! 姉の店で扱う事があったので知っていただけですよ。私は、珈琲にお詳しい桜子先輩のほうが凄いと思います!」
「私だって、本読み道楽で覚えただけよ。珈琲を飲んだ事があるのだって、家族でレストラントに行ったことがあるからだわ」
家族でレストラントに行っている時点で、由乃からすれば大変にお洒落だと感じた。由乃は姉の店に居候し始めてから、姉や祖父に連れられて純喫茶に行くことはあっても、レストラントにはまだ行った事がない。それまでは田畑を耕す田舎の両親と共に暮らしていたので、そんな大人びた今時の場所とはずっと無縁だったのだ。何しろ、今日この店に入るのだって、清水の舞台から飛び降りるぐらいの勇気が必要だったのである。
由乃はなんだか、桜子に対して気後れのようなものを感じ始めた。桜子は、どうして自分を「エス」に選んだのだろう。自分は田舎上がりでまだまだ子どもじみているし、姉のような「鉱石体質」なら薬屋などで職業婦人として活躍する道があるのに、他人の感情などという犬の餌にもならないようなものを嗅ぎ分けるなど、厄介な体質でしかない。目の色だって母譲りの薄い色で、悪目立ちする。
どんどん気持ちが落ち込み始めて、そんな気持ちを払拭するため、由乃は目の前の水をひと口流し込んだ。
「由乃さんは、お姉様のお店を手伝ってらっしゃるのよね?」
そんな由乃の気持ちを見透かしたのか、桜子は微笑みを浮かべて由乃に声をかけた。
「ええ……学校が終わった後ですけど、鉱石茶の喫茶を手伝っています」
「凄いわ、その歳で給仕をなさってるなんて」
「そんな事……私よりも、桜子さんのお姉様や、もう一人の給仕の方のほうが私よりもてきぱき動かれていて」
「それでも、学業と並行してお仕事もしているのは凄いことよ。私なんて、結婚相手が決まった時のための花嫁修行ばかり。これからの時代は、女性だって働くようになるのでしょうにね」
そう言って、桜子は少し遠い目をしていた。
そういえば、由乃の周りは姉や風吹のように働いている女性が多いので疑問にも思わなかったのだが、一般的には桜子のような女性が殆どなのだ。女学校でさえ、卒業するまで学校に残っているものは珍しく、大体の生徒はそれまでに嫁ぎ先が決まって学校を去っていく。卒業するまで学校に残っているものは「卒業面」と陰口を言われるほどだ。
自分も、姉が祖父の店を継いでしまったので、いつかは婿を取って両親の住む田舎に戻らねばならないのだろうと由乃は思っている。しかし、自分が結婚する未来の想像がつかない。さりとて何かやりたい事がある訳でもなく、由乃は将来のことなど漠然としか考えていない事に気付いた。
昔と比べて、女性の人生の選択肢は増えているのだろうと思う。しかし、髪を耳隠しに結うだけで良く思われないのが現状で、まだまだ窮屈な時代であるのだと由乃は思った。
「お待たせしました。お先にマンデリンです」
女給の声と共に、ふわりと良い香りが漂ってきた。可愛らしい杯に入った珈琲が、桜子の目の前に置かれていた。
「レスカはもう少々お待ち下さいね」
そう言って女給は由乃に微笑みかけると、カウンタァの奥へと戻っていった。少し何か言いたげだったようにも見えたが、気のせいだろうか。
桜子は目の前の珈琲を手に取ると、そっとそれを口に含んだ。思わず由乃は桜子の挙動をじっと見つめていたのだが、そんな由乃の視線に気付いたのか、桜子はふっと微笑んでみせた。
「試しに、飲んでみる?」
「えっ?」
「飲んだ事が無いのでしょう? 何事も経験よ」
そう言って桜子は自分の珈琲を由乃の方に差し出す。由乃は躊躇したが、意を決してその珈琲を手に取ってみた。
「い、いただきます!」
そう言って、杯に口をつける。口の中に熱い液体が入ってきた。
「んっ……んん?」
第一印象は、苦い。珈琲なのでそれはそうだろう。しかし、由乃が警戒していたほどではなかった。意外にも飲めなくはない。しかし、美味しいかと聞かれると頭の中に疑問符が付く。尤も、由乃の「美味しい飲み物」の基準が甘いソォダ水であったり、姉の店でも出される鉱石茶に蜜をたっぷり入れたものであるので、そもそもの前提が違っているのだろうが。
首を傾げながら、もうひとくち口に含んでみる。香りは良い、と思う。たまに祖父と姉に連れられて入る純喫茶でも漂ってくる香りだ。苦味の奥に仄かにだが、肉桂のような風味があるようにも思う。しかしその苦味は、由乃の幼い味覚にはまだ抵抗があった。姉ほどに大人になれば、良さがわかってくるのだろうか。
眉根を寄せながら珈琲と睨み合っていると、まるで堪え切れなくなったように桜子が笑い出した。
「酷い……桜子先輩、笑わなくたって」
「御免なさい、馬鹿にしたわけではないのよ。ちょっと、安心したの」
「え?」
「私も、飲んだ事があるとは言ったけど、そのまま飲むのは苦手なのよ。さっきは貴女の手前、ちょっとだけ頑張ってみたのだけど、いつもはクリィムと砂糖をたっぷり入れるの」
そう言ってなおも笑いながら、桜子は卓の隅に置いてあるクリィムを手に取って、杯の中に流し込んだ。真っ黒だった液体の中に、白いクリィムの筋が浮かび上がる。桜子は同じように砂糖もひとつ、ふたつと杯の中に入れて、杯の中をスプゥンでかき混ぜた。
桜子は、砂糖とクリィムを混ぜた珈琲を再び口にした。
「うん、今度は大丈夫」
そう言って桜子は、促すようにまた杯を由乃に差し出した。由乃は恐る恐る、その杯に口をつける。クリィムと砂糖の甘みでまろやかになった珈琲は、さっきとはまるで違う飲み物のようだった。
「あ、おいしい」
そう呟くと、桜子はまた笑い出した。そんな桜子に釣られて、なんだか由乃も笑いが溢れ始めた。
「思うに、私たちって、子どもと言われるのは抵抗があるけれども、大人にもなり切れていないと思うのよ。こんなふうに背伸びして珈琲を頼んでみても、結局は甘くしないと飲めないのだもの」
そう言って笑う桜子に、由乃は安堵のようなものを覚えた。遠い世界の大人のように思えた桜子が、いきなり身近に感じたからだろう。そして、自分の手前だから背伸びしたのだと言う桜子に、由乃は気恥ずかしさと、そして少しだけ桜子に対して可愛らしさも感じた。
「お待たせしました。【平成のレスカ】です」
かけられた声が先程の女給のものではなく、明らかに男性のものだったので、由乃は少しびくりとして声の方を向いた。そこには、やや細めの体型をした洋装の男性がいた。先程の女給同様に前掛をつけている。顔立ちは青年のように見えるが、目尻に薄く刻まれた皺や肌の質感からして姉よりは年上そうだ。
「あっ……はい……ありがとうございます……」
男性が給仕をしていることに意表を突かれて、由乃は咄嗟に口籠ってしまった。そんな由乃の表情を見て男性はニカッと笑い、その目尻の皺を深くした。
「女性が働くだけじゃなくて、参政権を得られる。そんな時代がいつか来ます」
「……え?」
「それまで、レスカでも飲んでお待ち下さい」
男性はそう言って、およそ檸檬スカッシュとは思えない青紫色の液体が入った硝子杯を由乃の目の前に置いた。脇に柄の長いスプゥンと麦藁、黄色い液体が入った小さな牛乳入れを添えて。
由乃が呆気に取られているうちに、男性は軽く頭を下げてカウンタァの奥へと戻っていった。
「サンセイケン……?」
「投票ができるようになる権利のこと……だったかしら」
「ふぅん?」
やや疑問を残しながらも、由乃はスプゥンを手に取って硝子杯の中をかき回した。底が青紫色、上が透明の二層になっていた液体が攪拌されていく。
「綺麗な色ね。青い色の飲み物なんて初めて見たわ」
「そっか、桜子先輩は見たことないんですね」
由乃は悪戯っぽく笑って、牛乳入れを手に取る。先程の説明を聞くに、この中に入っているのが檸檬の汁なのだろう。
「私も、こんなに濃い青は初めて見ました。さあ、どうなるでしょうね?」
由乃は桜子に向かって煽るように言うと、檸檬の汁を硝子杯の中に少しずつ注いだ。注がれたところから少しずつ色が変わっていくのがわかる。檸檬の汁はゆらゆらと液体の中で広がっていき、由乃はそれをそっとスプゥンでかき混ぜた。
「わぁ……」
桜子の感嘆の声が漏れる。由乃も目を奪われた。硝子杯の中の液体は見事な薄桃色に変化していた。
「綺麗ね」
「確かに、薄紅葵よりも発色がいいです。これは素敵……」
由乃はしばしその色の変化に見惚れていたが、ふと思い出したように麦藁を挿して中の液体を吸い上げた。控えめな甘酸っぱさが喉を潤していく。これは、そんじょそこらのモガなんかよりもモダンでハイカラな飲み物なのではないだろうか。
ふと、由乃は桜子がそわそわして檸檬スカッシュを見ているのに気が付いた。思わず口元を綻ばせてしまう。由乃は声を潜めて、桜子に問いかけた。
「宜しければ……飲んでみますか?」
由乃の言葉に、桜子は照れ臭そうに小さく頷く。そして二人は目を合わせると、ふふふ、と小さく笑った。
檸檬スカッシュもいいけれども。
いつか、珈琲が美味しいと言えるような淑女になれたなら。
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