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極楽堂鉱石薬店奇譚

月長石の秘め事

孔雀石の鱗粉 二話

 恭助が会計をしている間、奈落は致し方なしに常盤と向かい合っていた。

「いやぁ、こんな立派なお孫さんが跡を継いだのでしたら、極楽堂さんも安心ですね」

「そりゃ、どうも」

 ついつい返答がぶっきらぼうになる。奈落の不満げな様子は、常盤にも伝わっているようだ。

「先程はすみませんね。あんまりしっかりしてるもんだから、つい男性かと」

「男だったら、どんなに楽だったでしょう」

 言ってしまってからはっとした。男だったら。そうしたらこんなもやもやしたものを抱えずにいられたのだろうか。

「ああ、わかりますわかります。月の知らせとか面倒ですよねえ。月経帯、使ってます? あれ便利ですよ、脱脂綿が固定出来るから粗相がぐっと減る。いやぁ、いいものが出ましたよねぇ!」

 奈落は頭を抱えた。勘弁してくれ。誰かこいつを黙らせてくれ。

 驚くほど空気を読まない常盤にげんなりしていると、視界の端に見覚えのある男の顔が映った。何の気なしにそちらの方に目を向けると、その男は女給の肩を抱いて楽しげに酒を飲んでいた。

「ねェ、荘吉そうきちさん? アタシにかんざしを買ってくれるって約束、覚えてるゥ?」

「勿論だとも、その髪に似合いのかんざしを買ってやるよ」

 目元に黒子のある女給が男にしなだれかかる。はて、男の方に見覚えがあるのだが誰だったろう。そんな事を考えていると、頭の上から声がした。

「ええのう、やはり女給も若い男の方が具合がいいと見える」

「またそんな下世話な」

 いつの間にか恭助が戻ってきていた。恭助は奈落の目線の先を追って、軽口を叩いた。

「じい様、あの男性覚えがありますか? 何処かで見たような気がするんですが」

「なんだ、お前覚えとらんのか。儂が出入禁止にした奴だろうに。肝っ玉小さい癖にでかい口ばかり叩きよるでな。おお、あの伸びた鼻の下を見ろ。うちの可愛い二代目の方がよっぽど男前だ」

 恭助は忌々しげに悪態を吐く。つまり、奈落が跡を継ぐ事にいい顔をしなかった客の一人らしい。そういえば、店でわめき散らした男の一人にあんな顔がいた。あまり覚えていなかったのはそのせいか。

「ああ、あの人。僕も知ってるよ。あそこのおじいさん、うちで診たもん」

 二人の会話に常盤が口を挟む。

「へぇ、死神先生のところで?」

「死神先生?」

「ああ。僕、患者の看取りを専門にしてる医者なんですよ。うちに入院すると大体棺桶で退院になるんでね、それで死神なんて言われてます」

「ぽっくり逝けると評判の名医でな。儂も最期は常盤先生んとこでお願いするかの」

 こともなげにそんなやりとりをして恭助は愉快そうに笑ったが、奈落は冗談じゃないと思った。闇というよりヤブではないのか。恭助がこの闇医者にかかることだけは阻止しなければ。

「あの人、なんて名前だったっけ。ええと、確か……辺さん、だったかな」

 常盤の口から出た名前に、奈落は初めて自分から常盤を見た。

「常盤さん」

「あ、風吹って呼んで下さいよ。僕の名前です」

 果たして常盤の下の名前は、奈落の耳に入ったのかどうか。

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