それは、夏休みがはじまって三日目の夕方だった。ぼくはその日もいつも通りの一日が終わるんだと思っていた。 でもそれは、これからのぼくの人生ってやつをかえるほどの、とくべつな夏休みのはじまりだったんだ。
「ユキんちって、フレンズいねーの?」
放課後等デイサービスの帰りの車の中で、カズトくんがぼくにそう聞いてきた。
「ぼくんちはね、ねこが三びきいるよ」 「それはペットだろ? フレンズだよ、フレンズ」 「いないよ」 「なーんだ、ユキんちもか。いいよなぁ、フレンズ。うちにフレンズがいたらいいのになぁ」 「そうかなぁ」
カズトくんはフレンズがほしいらしい。今日、デイサービスのスタッフさんのおてつだいのために新しく入ったフレンズを見て、よけいにうらやましくなったみたいだ。 ぼくはカズトくんの話を聞きながら、まどの外を見ていた。パパがフレンズをつくる会社で仕事をしているからかもだけど、ぼくはカズトくんみたいにうらやましいとは思わなかった。
(でも、たとえば。すごくすごくとくべつなフレンズがいたとしたらどうだろう?)
そんなことを思っていたら、いつの間にかぼくの家に着いていた。車が止まって、先生がぼくんちのインターホンをおす。ぼくが車からおりるのと同じぐらいで、ママがげんかんから出てきた。
「じゃーな、ユキ」 「うん、またねー」
車の中から、カズトくんが手をふってくれた。ぼくはカズトくんに手をふりかえすと、デイサービスの車をママといっしょに見送った。
「じゃあ、中に入ろうか。ユキ」 「公園にいきたい!」 「えぇ〜? もう4時半だよ? ママもうそろそろごはん作らなくちゃ」 「おねがい、ちょっとだけ!」
ママがため息まじりに「三十分だけよ?」と言ったのを聞くと、ぼくはランドセルをげんかんに放り投げて、近くの公園に向かって走り出した。
ぼくは走りながらチラッと空を見た。空はすこしだけ暗くなっているけど、まだ星は見えない。 ぼくは宇宙がすきなパパとママの話をいつも聞いているから、宇宙のことがだいすきだし、星を見るのもすき。同じクラスの他の子よりは宇宙にくわしいと思う。でも、同じぐらいレゴブロックもプラレールも、YouTubeもだいすき。
それでいいと思ってたんだ。少なくとも、今日までは。
自動販売機の角を曲がると、もうすぐ公園に着く。ブランコに乗ろうか、すべり台にしようか。そんなことを考えていたその時だった。
ドーン!
「うわあああ!」
とつぜん、体にまでひびいてくるような大きな音がして、空がいっしゅん明るくなった。なんだろう、じしん? かみなり? 急になりひびいた音と不安で、ぼくはパニックになった。
「ユキ!」
ぼくの声を聞いて追いかけてきたママが、ぼくをぎゅっとだきしめた。それで少し落ち着いたぼくは、空を見上げた。光のすじがまっすぐ、まっすぐに落ちてくる。その光のすじは、ぼくの家に落ちていったように見えた。
「ママ……あれなに?」
不安な気持ちでママの顔をのぞきこむと、ママがぼくをだきしめる手を強くした。
「ユキ、おうちにもどろう」
ぼくがうなずくと、ママはぼくからはなれた。ぼくとママは手をつないで、おそるおそる家のほうにもどった。 家の庭で、何かが光りながらうかんでいた。はじめはまぶしくてなんだかよくわからなかった。でも、だんだん光が弱くなってきて、人の形をした何かがそこにいるのがわかった。
『着地点、誤差の範囲内。周囲への影響は最小。飛行モードをオフにします』
シュウウウウウウウ……
人の形をした何かが音を立てて、地面におりる。うでのまわりでフワリとゆれていたパネルのようなものが、すうっと下がっていく。人のようで人でない何か。
「フレンズ……?」
思わずぼくがそうつぶやくと、そのフレンズのような何かは、ゆっくりとこちらのほうに顔を向けた。
「やあ! 君がユキくんかな?』 「う、うん」
急に声をかけられて、びっくりしながらも返事をした。ゆったりとした作業着のような白い上着と、黄色いズボン。頭にはぼうしをかぶっていて、ふわふわの茶色いかみの毛が風でゆれた。ぱっと見はぼくと同じくらいの子どもに見えるけど、とても明るい黄色の目の中には星のもようが見えるし、ツルッとした顔の感じが、デイサービスにいるフレンズととてもよくにている。
『よかった! ボク、君に会いたかったんだ! ボクの名前は【はやぶさ】。その昔、小惑星イトカワまで行ってサンプルを持って帰ってきた【小惑星探査機はやぶさ】のフレンズだよ!』 「小惑星探査機……はやぶさ……?」
ぼくの頭の中に、小惑星探査機はやぶさのすがたが思いうかぶ。たしかに、かれのうでのパネルははやぶさにそっくりだった。むねについている黄色くて丸いものは、サンプルを入れるリエントリカプセルに見える。せなかでまだ少し光っているのはイオンエンジンだ。ぼくのだいすきなだいすきなはやぶさ。
「本当に……?」 『これからよろしくね、ユキくん!』
そう言って、はやぶさはぼくの手を取ってニッコリとわらった。ぼくはむねがドキドキして、ものすごくステキなことが起こったのだとわかった。クラスの女の子たちが言う“ときめき”ってやつは、こんな気持ちのことかもしれない!
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