ぼくはしんしつからリビングにおりてきて、いつもパパがやっているようにまどのカーテンを開けた。きのうあんなにはげしくふった雨は、今朝はうそのように止んで、いつもの光がまどからやわらかくさしこんでいた。
テーブルの上には、あの後びしょぬれになったはやぶさが大事ににぎりしめて持ってきたお守りとGPSたんまつがあった。まわりについてたすなは落としたけど、さわるとまだちょっとチャリチャリしている気がする。
お守りをさわると、またちょっと気持ちがこみ上げてきて、目があつくなるのがわかった。
「はやぶさ……」
その時、げんかんが開く音がした。パパの足音だ。ぼくはあわててリビングのドアを開けてげんかんに向かう。仕事の作業着を着たパパが、ぼくを見てぽんぽんと頭をなでた。
「おはよう、ユキ」
「パパ、はやぶさは!? はやぶさはどうなったの!?」
「なんとか大丈夫だと思うんだけどな。とりあえず濡れたところは全部念入りに手当てしたし、細かい部品まであらためて防水処理をしておいたよ。はやぶさくんのボディの部品が、うちの会社で使っている部品とほぼ同じもので助かった」
パパの言葉を聞いて、ぼくは急いでパパのガレージに向かおうとした。だけど、パパにさえぎられてぼくはげんかんを出ることができなかった。
「パパ!」
「気持ちはわかるけど、今は待ってくれ。はやぶさも気持ちを整理したいみたいだ。それに、パパも疲れたよ……夜通し作業してたからね。ちょっと休ませてくれないか?」
そう言われてしまうと、ぼくもガレージに行く気にはなれなかった。パパがしんしつに向かうのを見送って、ぼくはリビングにもどった。その時ようやくママの作る朝ごはんのにおいに気づいたほど、ぼくの頭ははやぶさのことでいっぱいだったんだ。
*****
『本当に……すみませんでした……』
やっとガレージからもどってきたはやぶさは、ぼくの向かいがわにすわって本当にもうしわけなさそうに頭を下げていた。
「うん。君は本当に優秀な探査機だったんだろうね。見事にユキのお守りを見つけ出してきてくれた。そこはとても感謝しているよ、本当にありがとう。……ただ、自分の体に合わない無茶をしたことはわかっているね?」
『はい……』
「短い期間とはいえ、私たちは一緒に暮らしていたんだ。私たちにとって君は、もう家族のようなものなんだよ。その家族に、あんな無茶はしてほしくなかった。たとえ君がフレンズだとしても……たとえ、君が本当に、数多の困難を乗りこえた【はやぶさ】であったとしてもだ」
なみだ目になりながらパパの話を聞いていたぼくだったけど、その言葉にふと、パパの言葉を見上げた。
「ほんとうに……って? どういうこと?」
パパはぼくの顔をじっと見て、ひとこきゅうおいたあと、小さくため息をついた。そして、またはやぶさのほうを向いて話し始めた。
「マキコがはやぶさの後継機や【あかつき】【イカロス】の話をした時も様子がおかしかったし、その前からも私は疑問に思っていたんだ。なぜ、大気圏突入して燃えつきたはずの【はやぶさ】がフレンズになることができたんだろうかと。そして、君は海でこう言ったね。『弾丸を打つのも』と。よく考えるとあれはおかしいんだ。初代のはやぶさは一度だって弾丸を出していないんだからね」
『!!』
「あっ……!!」
パパにそう言われて、はやぶさはいっしゅん言葉につまったような顔をした。そして、ぼくも思い出した。そうだ、初代のはやぶさはサンプルを取るための弾丸は出せなかったんだ。たしか、弾丸を出すことができたのは……
「君をメンテナンスして確信したよ。君は……【はやぶさ2】だね?」
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