すごく長い時間、だれも何も話さなかったような気がした。だけど、その間もぼくの頭の中はぐるぐると回っていた。
そう、ちゃんと弾丸を打ちこんでサンプルをたくさん取ることができたのは、イトカワに行った【はやぶさ】じゃなくて、リュウグウに行って地球にカプセルを持ってきた上、その後拡張ミッションとしてべつな小惑星にも向かった【はやぶさ2】のほうだ。
じゃあ、ここにいるはやぶさは、【はやぶさ】じゃなくて、実は【はやぶさ2】だったってこと? だけど、どうして?
ぼくがこんらんしていると、はやぶさはすごく気まずそうに、自分の頭に乗っているぼうしに手をかけた。はやぶさが「体の一部」だと言っていたぼうしは、はやぶさが手に取るとするりと頭からはなれていった。
そして、そのはやぶさの頭には、小さくかみかざりのようにふたつの丸いアンテナがくっついていたのだ。それは、【はやぶさ】についていたようなおわん型のパラボラアンテナじゃなくて、【はやぶさ2】と同じ平べったい形のハイゲインアンテナだった。
『……おっしゃる通りです。ボクは、初代の【はやぶさ】ではなくて、リュウグウに行った【はやぶさ2】です』
ぼくは、はやぶさの……いや、はやぶさ2の言葉に、なんてこたえたらいいのかわからなかった。それでも、何かぼくが言わなければいけないような気がした。
「なんで……ウソ、を、ついたの?」
出てきたのは、そんな言葉だった。自分で言った言葉だったけど、「ウソ」と言った時に、まるでこれまで彼といっしょにいた時間が全部ウソだったみたいに感じて、ぼくはむねがギュウッとしめつけられたように感じた。
はやぶさは……はやぶさ2は、ぼくの言葉になきそうな顔をした。フレンズになく機能がないのは知ってる。でも、本当になきそうな顔だったんだ。
『ボクは……うらやましかったんだ。【はやぶさ】の、兄さんの人気が。【小惑星探査機】のことを知っている人の中でも、ボクと兄さんの違いさえわからない人もいる。ボクは兄さんとは比較にならないぐらい、すごい成果を上げたんだよ? だけど……みんなの印象に残っているのは、ボロボロになっても、どんな困難におちいっても、地球に戻ってきた兄さんの事なんだ!』
はやぶさ2は、まるで今までの彼らしくない声で、たくさん気持ちを打ち明けた。その声は、ぼくにもわかるぐらい、すごくすごくつらそうだった。
すると、ずっと話を聞いていたママが、ぼくのお守りを手に取ってじっと見つめた。そして、ひざの上でぎゅっとにぎりしめていたはやぶさ2の手を取ると、そのお守りをはやぶさ2の手ににぎらせた。
「ねえ……本当にそれだけだったのかしら? あなたが本当にお兄さんの名前を借りたのは、うらやましさだけだった?」
ママの言葉に、はやぶさ2はうつむいていた顔を上げてママのほうを見た。
「はやぶさ……2、くん。このお守りに使ってる布はね、ユキのおばあちゃんの着ていた着物の布なの。病気でもう亡くなっているんだけど……だから、私にとっても、ユキにとっても、とても大切なものなのよ。だから、あなたが探してきてくれて本当に嬉しかった。私はね、そんな優しい心を持つあなたが、そんな気持ちだけでお兄さんの名前を借りたと思えないの」
はやぶさ2は、手の中のぼくのお守りをぎゅっとにぎりしめた。うすむらさき色のお守りのぬのがおばあちゃんの着物のぬのだってことは聞いたことがあった。ぼくがまだ赤ちゃんだったころにおばあちゃんは亡くなってしまったので、ぼくは写真でしかおばあちゃんを見たことがない。おばあちゃんはパパのお母さんだけど、ママにとっても大事な人だったのだと聞いた。
『ボク……ボクは……』
「うん、なあに?」
『宇宙から、地球を見た時……すごくステキな星だなって、思ったんです。だから、フレンズになって地球に行けるって知った時、すごくうれしくて……』
「うん……」
『でも、その時、大気圏で燃えつきてしまった兄さんのことを思い出したんです。兄さんは、リエントリカプセルしか地球に戻ることができなかった……だから、だからボク……兄さんといっしょに、地球に行きたくて……』
「うん、そうね。あなたは優しい子だものね」
ママは、はやぶさ2をぎゅっとだきしめた。ママのなみだがはやぶさ2の頭に落ちて、ぼくは場ちがいにも「またはやぶさ2がぬれちゃう」って思ったんだけど、ちゃんとパパがティッシュでママのなみだとはやぶさ2の頭をふいてくれた。
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