「おおおぉ……すっげぇ……!」
今はもう8月だけど、このあたりはひと月おくれで七夕まつりをするのだとパパが言っていた。空は太陽が西にかたむいて、うすぐらくなりはじめている。公園の入り口にかざられていた七夕かざりのふき流しがキラキラと西日を反射していた。そのふき流しのおくに、上に丸いドームのようなものがついた大きなトラックが見える。あれが天文台の移動望遠鏡らしい。
『わぁ……はなやかだねぇ……』
はやぶさ2は七夕かざりに目がいってるようだった。上の丸いかざりの下についているヒラヒラしたふき流しが、はやぶさ2の顔のまわりでゆれている。本当は七夕まつりももう終わっているのだけれど、今回は天文台のイベントがあるということでとくべつにかざっているらしい。少しだけだけど出店もあって、やきそばやおこのみやきのいいにおいがしていた。
「ぼくね! わたあめ食べたい!」 「おいおい、望遠鏡が先って言っただろう? 腹ごしらえはその後だ」 「えー?」
ぼくがちょっとふまんそうに言うと、ママがわらってスマホをこっちに向けた。
「整理券は先にネットで取ってあるから、あとはならぶだけね。その間、わたあめぐらいならいいんじゃない? パパとママがならんでおくから、買いに行っておいで」 「やったぁ! はやぶさ2、行こう!」 『うん!』
ぼくははやぶさ2の手を引いて、わたあめの屋台に向かって走り出した。色んながらのわたあめのふくろがならんだ屋台の前で立ち止まると、ぼくはどのわたあめにするか上からふくろの列を目で追いかけた。
『らっしゃい、二人かい?』
屋台の中から、お兄さんが出てきた……と思ったら、よく見ると大人の形のフレンズだった。放課後等デイサービスのナナともちょっとちがうタイプだ。フレンズのお兄さんは、ぼくたちを見てちょっとがっかりしたように言った。
『おっと、一人はフレンズか……』 「どういうこと?」
ぼくがちょっとムッとしてそう言うと、お兄さんフレンズはちょっと申しわけなさそうな顔をして手をふった。
『ああいや、気を悪くさせたならごめんな。だけど、フレンズはわたあめを食べないだろう?』 『それを言ったら、あなただってわたあめを食べないのに、わたあめを売ってるじゃないですか』
そう言って、はやぶさ2はニコッとわらう。それを見て、お兄さんフレンズはあっけに取られたようだった。
『ははは! たしかに! こりゃ一本取られた。 お兄ちゃん、どのわたあめがいいんだい?』 「えっとね……これかな」
ぼくは大すきなロボットアニメの絵がかいてあるふくろのわたあめをえらぶと、バッグからさいふを出して千円札をわたした。すると、お兄さんは前かけのポケットの中から、たくさんのおつりをわたしてくれた。
「あれ? おつりが多いよ?」 『まけてやるよ』 「えっ、本当に?」
ぼくはあっけに取られて、お兄さんフレンズを見上げた。お兄さんフレンズはニカッとわらって、手をひらひらさせていた。
『まいどあり!』 「……ありがと!」
ぼくはそう言うと、わたあめのふくろをかかえて移動望遠鏡のほうに向かった。列の中で、パパとママが手をふっている。ぼくははやぶさ2と顔を見合わせると、二人で「ふふふっ」とわらって、パパとママのほうへ走り出した。
*****
トラックの中は暗くて、天文台のスタッフのお姉さんが懐中電灯でてらしてくれていた。ぼくは先に入ったママに手を引かれて、望遠鏡のほうへと入っていった。
「望遠鏡は今、月に合わせてありますよ。クレーターまではっきりと見えます。光の加減によっては、国際宇宙連合の月基地が見えることもあるそうですけど……今日はどうでしょうね?」 「月基地……」
ぼくはちょっとドキドキしながら、望遠鏡をのぞきこんだ。いっしゅん何が見えてるのかわからなかったけど、何回かまばたきしたらそれが月なんだとはっきりわかった。ふだん見えてるような月のうさぎはわからなくて、でもよく見るとお姉さんの言った通り、あちこちにクレーターがあるのが見えてきた。
「すごい……」
ぼくはなんとなく、もうちょっと見ていたくて、キョロキョロしながら月のあちこちに目をこらした。すると、はしっこのほうにあみ目のようなかげを見つけた。
「あっ、あみ目!」 「おお、すごい! 右上の網目状の影かな? それが月基地だよ、よく見つけたね!」
ぼくの声に、おねえさんがちょっとこうふんした声で話してくれた。これが、月の基地。
(そうか。はやぶさ2は、ここに帰っちゃうんだ)
そう思うと、ぼくはむねがキュッとして、思わず持っていたわたあめのふくろをぎゅっとにぎりしめた。正直言うとすごくさびしい。ぼくは何も言わずにそっと望遠鏡からはなれた。お姉さんが少しへんな顔をしてたけど、後ろにならんでいたはやぶさ2を望遠鏡にあんないしていた。 ぼくはとなりにいたママの手をにぎって、はやぶさ2が望遠鏡をのぞくのを見ていた。はやぶさ2は月を見て、今何を思っているんだろう。
*****
移動望遠鏡のトラックをおりると、トラックのとなりにもちょっとした出店が出ていた。ぼくは何気なくそこをのぞきこむと、いつも天文台の売店で売ってるキーホルダーや文具なんかが売っているようだった。 キーホルダーをながめていると、その中に宇宙飛行士のキーホルダーがあった。船外活動をする時の宇宙服のやつだ。その時、月にいるはやぶさ2のすがたがあたまにうかんだ。そして、ぼくはハッとひらめいたんだ。 そうだ! そうすればまた、はやぶさ2に会えるじゃないか。
「ねえ、はやぶさ……!」 「ユキ! はやぶさ2くん! ちょっとこっち見て!」
ぼくが声をかけようとしたその時に、ほぼ同時にママもぼくたちをよんでいた。はやぶさ2はどっちも聞こえたみたいでちょっとオロオロしてたけど、ぼくはニコッとわらってこう言った。
「後で言うよ。先にママのほうに行こう」 『うん……?』
はやぶさ2はふしぎな顔をしていたけど、ぼくたちはママのほうに向かった。ママの目の前には、ぼくは前に見たことがあるものがならんでいた。
『あっ、これ……!』 「そう、隕石が売ってるの! ここで売ってるのはすごく小さなものだけど、本物の隕石なのよ!」
そう言うとママは、はやぶさ2に向かってわらいながら言った。
「ね、どれがいい?」 『えっ?』 「ユキと同じお守りを作ってあげるわ。好きなものをえらんで!」 『そんな! わるいですよ!』 「いいの、私がそうしてあげたいの。ね? おねがい!」
ママの言葉に、はやぶさ2はとまどうような顔をしたけど、隕石のほうをじっと見て、その中からひとつえらんだ。
『じゃあ、これ……』 「あっ、これは……」
ぼくは思わずその石を見つめてしまった。ちょっとびっくりしたぼくを見て、ママははやぶさ2がえらんだ隕石をいっしょにのぞきこんだ。
「……まあ! ステキね!」
はやぶさ2がえらんだ隕石は、すごくちっちゃいけど、まるで彼が探査しに行った小惑星リュウグウみたいな形をしていた。
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