八月のさいごの日曜日。ついにこの日が来てしまった。 きのうからはやぶさ2はずっと月に帰るじゅんびをしている。チャージチェアでしっかり充電しているし、時々スリープモードになってこれまでのデータを整理しているみたいだった。でも、話す時間がほとんどなくて、ぼくはつまらなかった。はやぶさ2がもうすぐ帰ってしまうと思うと、なんだか心にぽっかりあながあいたみたいだった。
「はやぶさ2……」
ぼくはなんとなく、チャージチェアにすわっているはやぶさ2に声をかけた。はやぶさ2は、ぼくの声を聞いて少し目を開けた。
『……なあに? ユキくん』
はやぶさ2が、ちょっとこまったような、でもいつものやさしい目で、ぼくに返事をしてくれた。
「ずっと充電してるけど、そんなに充電しておくひつようがあるの?」 『うん……月は遠いからね』 「もしかして、ここから月まで、はやぶさ2が一人でとんで行かなきゃいけないの?」 『いやいや、さすがに月までボクだけでは行けないよ。ほら、地球と月の間に建設中の宇宙港があるだろう? ボクたち衛星フレンズは、いったんその宇宙港に向かうんだ。そこでもう一度充電をして、今度は宇宙船で月に向かうんだよ』 「そっか……それなら、そこまでたいへんじゃないのかな」 『そうだね。少なくとも、リュウグウに行って帰ってくるよりはぜんぜん楽だよ』 「ははは、それもそうか」
ぼくははやぶさ2の言葉を聞いて少しホッとしたけど、でもべつにそれが聞きたかったわけじゃなかった。話すことはなんでもいいから、ただはやぶさ2と話をしていたかったんだ。
『ユキくんのパパが……ショウイチさんが言ってたよね。「君は、君のままでいいんだよ」って』 「うん」 『ボク、あの言葉が本当にうれしかったんだ。ボクに向けてそう言ってくれたのもうれしかったし、あの大切に育てられていた子どもが、そうやって自分の子に大事なことを伝えらえる大人になってくれていたのも、とてもうれしかった』 「うん……」 『だから、ユキくんも……』
そう言ってはやぶさ2は、ぼくのほうを見つめた。ぼくはなんだか、何も言葉が出てこなかった。だからただうなずくことしかできなかった。でも、それがぼくのせいいっぱいの気持ちだった。
*****
外はまるで、はやぶさ2がここに来た時と同じぐらいいい天気だった。
『出発の予定時刻まで、残り10分です』 「……ありがとう。はやぶさ2……いや、【はや2くん】。君がうちに来てくれて、本当によかった」
そう言って、パパははやぶさ2とあくしゅをした。はやぶさ2はいたずらっぽくわらうと、パパをよびよせるように手をちょいちょいと動かした。パパがちょっとふしぎそうな顔で少しかがむと、はやぶさ2はパパの頭をぽんぽんとなでた。
『君は立派な大人になったね。ボクもすごく誇らしいよ……ウソをついていたボクに気づいていたのに、ずっと見守ってくれていてありがとう』 「……」
パパは口元をおさえて、うつむいた。今のぼくならわかる。言葉が出てこないんだ。
「はやぶさ2くん、これ」
ママがそう言って、はやぶさ2に何かをてわたした。それは、ぼくのお守りと同じぬので作られた、同じ形のお守りだった。
「中に、君がえらんだ隕石を入れておいたわ。ユキとおそろいね」 『わぁ……とてもうれしいです! 大事にしますね!』
そう言って、はやぶさ2はお守りをずっとながめていた。ぼくもポケットからお守りを取り出して、それをにぎった手をはやぶさ2のほうに向けた。はやぶさ2は気づいてくれたみたいで、わらって同じようにお守りをにぎった。そしてぼくとこぶしをトンっとぶつけ合ってくれた。
『ユキくん……』 「さよならは言わない。おわかれじゃないから」 『えっ?』
ぼくの言葉に、みんなびっくりしてたみたいだった。ぼくは、移動天文台で見た宇宙飛行士のキーホルダーを思い出していた。
「ぼく、宇宙飛行士になる。そして、君に会いに行くよ」 「ユキ……!」 「だから、また会おうね。今度は宇宙で!」 『ユキくん……!』
はやぶさ2がぼくにだきついてきた。ぼくは、はやぶさ2のせなかをぽんぽんとなでた。ママがぼくにそうするように。パパがぼくにそうするように。
『うん……待ってる。ボク、君を待ってるからね!』 「できるだけ早く、月に行くからね」 『うん……うん……』
そう言うと、はやぶさ2はぼくからはなれた。そして、せなかのイオンエンジンが光り始めた。
『宇宙港までの軌道計算、完了。出発予定時刻になりました』
はやぶさ2は、地面をかるくけった。すると、はやぶさ2の体がふわりとうかび上がる。だんだん、光が強くなってきた。はやぶさ2は、だんだん、だんだん、地上からはなれていった。
『じゃあ、またね! ユキくん!』 「うん、またね!」 「道中、ご安全に!」 「ごあんぜんに!」
はやぶさ2は、どんどん空をのぼっていった。ぼくたちは、はやぶさ2のすがたがすごく小さくなって見えなくなるまで、ずっとずっと空を見上げていた。
そして、ぼくの、三年生の夏が終わったんだ。
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