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LAYER :: 魂の階層

RESONATE // 共鳴

resonate_section04

 花の上に、兄たちの名と共に並んだ自分の名前を、侑子はぼんやりと眺めていた。  菊、百合、竜胆などがまとめられた供花のしめやかな華やかさとは裏腹に、侑子の心情は無に等しかった。父を悼む気持ちが無いわけではない。だが、父の介護に振り回されてきた侑子にとって、「もう振り回されなくていい」という安堵感はそれに勝るものだった。むしろ、口だけ出して何もしてこなかった兄たちの名が、まるで等しく父を悼んでいるかのように自分と並んでいるのが可笑しくさえあった。  いや、実際、兄たちのほうが自分よりも悼む気持ちは強いかもしれない。「何もしてこなかった人間」というものは、得てしてそんなものだ。  急いで買った喪服は、なんだか居心地が悪い。住職の読経が、頭の中を滑るように流れていく。焼香の匂いだけは嫌ではなかったが、そんなことを言えば不謹慎と思われるだろうか。なにせ、自分が遺族になるというのが初めての事なので、どのような心持ちでいるのが正しいのかもわからない。

『それでは皆様。お名残惜しいですが、お別れのお時間です』

 葬儀場のスタッフのアナウンスで、侑子は我に帰った。いつの間にか祭壇の前に、開けられた棺が横たわっている。スタッフに促されて、侑子は棺の前に足を運んだ。  ふと隣を見ると、母が号泣している。それを見た侑子は、尚更心が冷えていくような気持ちになった。嫁姑の諍いに関与するどころか、むしろ火種になっていたような父。育児に一切手を出さず、自分の趣味ばかり追いかけていた父。そんな父の陰口ばかり言っていた母が、その遺体を前にして泣き崩れる様はどうにも滑稽に見えた。

『それが、夫婦ってもんだ』

 唐突に、会場のスピーカーから父の声が聞こえてきた。驚いて周りを見回したが、誰もそれを気にする様子はない。ふと棺のほうに目をやると、棺の中の父が目をぎょろりと開き、こちらを見つめていた。

『どんなに冷え切った関係だろうと、俺たちのように別居してたとしても、夫婦として何年も過ごせば情は残るもんだよ』

 遺体の父がゆっくりと体を起こす。侑子は後退りしようとしたが、体が動かなかった。

「……情が残っているというのなら、なぜお前は酒を飲み続けた?」

 侑子は青白い顔の父を睨み付けながら、声を絞り出した。

「なぜ、仕事もせずにゲームばかりしていた? なぜ、病にうなされた母の手を振り払った? なぜ、自分の趣味にばかり金を注ぎ込んだ? なぜ、なぜ、なぜ!!」

 一度口にしてしまうと、次から次へと気持ちが溢れ出た。涙が溢れそうになるのを、侑子は必死で抑えながら言葉を続けた。こんな奴のために泣いてなんかやるものか。

「お前が母を振り回したんだ。そのせいでおれは、お前の愚痴ばかりを聞かされた。お前の陰口を聞かされながら、お前の面倒を見る日々がどんなだったと思っているんだ。毎日母親からも白い目で見られて!」

 堰を切ったように捲し立てる侑子の言葉に、目の前の遺体はニヤリと、さも面白いものを見ているかのように口元を歪ませた。

『可哀想に。お前は優しいばかりに、吐け口にされたんだよ……あの、どうしようもない情緒不安定な女から』 「黙れ」 『可哀想になぁ? 母親からは俺の陰口ばかり聞かされる。俺はあの女を軽んじて、馬鹿にしている』 「……黙れ」 『お前には、そのどちらの血も流れているというのに。お前は俺たちにそっくりだよ。その性格はあの女に、目元は俺にそっくりだ。だけど、お互いを嫌い合う俺たちの血を引いたお前は、一体何者なんだろうな?』 「黙れと言っているんだ!!」

 遺体は、尚もニヤニヤと笑っている。いつのまにか、周りには誰も居なくなっていた。弔問客も、泣き崩れる母親も、白々しく目頭を押さえる兄たちも。

『諦めろ。それが、夫婦ってもんだよ。どこも似たようなもんだ。例え、お前たちであろうとな』 「……何?」

 侑子は虚をつかれたような顔をした。そしてその【お前たち】という言葉で、侑子は自身が結婚していたことを思い出した。

『あの男が、お前を愛していると思うのか? ただ利用しているだけじゃないか』

 あの男。そうだ、自分が結婚したあの男は進藤晴彦といった。それは、侑子の霊媒体質を見込まれての、交換条件としての結婚だった。

『もし、レイヤの事件全てが解決して、あの男の復讐が終わったら……その時もあの男は、お前を隣に置いておくと思うか?』 「……!」 『そうだよ。全てが終わった時、お前の利用価値もなくなる!』

 青白い遺体は、そう言ってさもおかしくて仕方がないというふうに笑った。ひとしきり笑い終えると、その遺体は侑子に顔を寄せて、その頬に手を差し伸べた。

『簡単なことだ。終わらせなければいいのさ』

 差し伸べられた手が、侑子の頬に触れる。ヒヤリとした感触。侑子は一点を見つめたまま、身動きをしなかった。

『終わらせなければ、お前はあの男の妻でいられるじゃないか。ずっとここにいて、目覚めなければいい。ただそれだけだ。ずっと俺の側にいろよ……なあ、侑子』 「しゃらくせえな」

 侑子は一言そう呟くと、頬に触れていた手を掴んで父親を睨み付けた。そしてそのままその手を引き寄せると、体を捻って思い切り父親を投げ飛ばした。白い服を着た父親の体は思い切り床に打ち付けられ、その場から大きな炎が立ち上がって包み込む。父親は憎々しげな目を侑子の方に向けた。

「おれがあいつに愛されてるかどうかなんざ、どうでもいい。肝心なのは、おれが愛しているかどうかだ!」

 遺体の腕が侑子の方に伸びるが、その手はすんでのところで侑子には届かなかった。やがて炎に包まれた遺体は骨になり、それさえ炎と共に消えていった。

********

 風が、吹いていた。

 頬を撫でる風が心地良くて、侑子は瞼を開けた。視界の端に映るカーテンが、ゆらゆらと揺れている。侑子はそこで、自分が病室のベッドに横たわっていることに気付いた。  顔を動かすと、付随して動く筋肉が悲鳴を上げた。痛い。一体どれだけの期間、こうしていたのだろう。よく見ると、体中色んな管で繋がれているようだった。痛みに耐えながら自分のベッドの横に目をやると、そこには座ったままうつらうつらと寝ている晴彦の姿があった。

「……こ。はる、ひこ」

 うまく声が出せない。ようやく出た声は、掠れた酷いものだった。しかし、目の前の晴彦はそれに気付いたのか、閉じていた目をゆっくりと開いた。

「晴彦」

 今度は、比較的しっかりと声を出すことができた。晴彦の目線が、こちらの方に向けられる。その、真っ直ぐ見つめてくる瞳がなぜかこそばゆく、しかし、目を背けることも躊躇われた。  晴彦の目は、まず驚愕した表情を見せた。その次に泣きそうなほど顔を歪ませて、その手を恐る恐る、侑子の頬に近付ける。しかし、触れそうになった瞬間戸惑うように手を止めたので、侑子は少し首を伸ばして、自分からその手に顔をすり寄せた。

「侑子さ……」 「……なんだ、その顔は」 「だって……」

 そう言って晴彦は、両の手で侑子の頬を撫ぜた。まるで、繊細なガラス細工にでも触るように。宝物を慈しむかのように。

「起きないんじゃ、ないかと」 「……悪かったな。心配をかけた」

 そう言って侑子がふわりと微笑むと、晴彦はなんとも言えず不思議な表情を見せた。侑子は一瞬ピンとこなかったが、晴彦の耳が赤くなっているのを見て、まるでそれが感染したかのように自分の頬まで赤くなるのを感じた。

「あ、あの……そうだ、窓、開けたままだったね。少し換気しようと思って開けてたんだけど、侑子さん日差しが苦手だから。今閉め……」

 そう言って、立ち上がろうとする晴彦の手を掴もうとしたが、うまく動かなかった。代わりに、侑子は顔を少し傾けて、晴彦の手にその唇を寄せる。その柔らかい感触に、晴彦は動きを止めて再び侑子の方に顔を向けた。

「いい……問題ない。もう少し、こうしててくれ」

 今度は、侑子にもはっきりとわかった。朴念仁かと思っていた晴彦の顔が、赤く染まっている。唇に触れる晴彦の手が、若干震えていた。

「あの……侑子さん」 「なんだ?」 「こうしていたいのはやまやまなんだけど……バイタルの計器が侑子さんに繋がったままだから……」 「うん?」

 晴彦にしては珍しく、歯切れが悪い。侑子は晴彦の顔をじっと見つめると、晴彦は溜息をついて諦めたように呟いた。

「……多分、侑子さんが目覚めたのを検知して、そろそろ病院の人がくると思う」

 晴彦がそう言い切らないうちに、遠くからバタバタと足音が聞こえてきた。侑子はその音と晴彦の表情を見て、思わず吹き出してしまった。

「それは、残念だな」

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