星降(ほしくだり)華簪(はなかんざし)

1

「おや、見慣れない石の簪だね」

 その遊女——確か、名前を和(なぎ)と言った——は、手前の簪を手に取ると、くるくると回しながら煙管の煙をふう、と簪に吹き掛けた。
 茉莉花緑茶の香りがするその煙は、市販されている煙草とは違い香液を蒸気に変える電子煙管のものだが、丹精込めて作った簪にそういう扱いをされるのは正直良い気分では無い。だが、色街の遊女の中でも和はいっとうの上客だ。簪屋の女は笑顔を顔に貼り付けて、営業用の口上を更に続けた。

「流石は和様、お目が高い。それは最近採れるようになった【紅いホシ】で御座います。どうです、この鮮やかな赤さ。ホシというものは内包物の密度によって等級が変わってくるものですが、こいつはその密度具合が完璧な一等星のホシなんです」

 実際、和が手にしている簪のホシは素晴らしいものだった。空から落ちてくるホシは途中で軌道エレヴェエタに当たり、細かく砕けてしまう事が多い。尤も、だから簪屋でも回収できるぐらいスピィドの威力が軽減されるのだが、この大きさのホシは貴重なのだ。それも、最近採れるようになった紅いホシはその輝きから人気が高い。

「ふぅん。紅いホシ、ねえ」

 簪屋の口上を聞いているのかいないのか、和は尚も簪を手の中で弄んだ。紅いホシがあしらわれた土台からぶら下がる硝子の飾りが、しゃらしゃらと揺れる。ホシが映えるよう同じ色の硝子ビィズと、丸い針入り水晶を連ねたのは正解であったと簪屋は思った。鎖の揺れる振動が、ホシの中の内包物をまるで水面のように輝かせた。

 和はまた煙管に口を付けて吸い込み、今度は簪と簪屋を避けて煙を吐き出した。目線は簪に向けたままで、まるで紅いホシの細やかな輝きを値踏みしているようだった。
 簪屋は内心やきもきしていた。和は上客ではあるものの、気に入らなければ歯牙にも掛けない。これまでの傾向を考えると今回のものは和の好みに合っているはずなのだが、毎度のことながら彼女が何を考えているのか読めない。この瞬間は特にだ。

「簪屋」
「は、はい」
「そっちの簪の、縁に付いた淡い色の飾りはなんだえ?」

 和が煙管で指したのは、簪屋が作った別の簪だった。扇型の飾りの縁に、淡い赤色の半球が付いている。

「ああ……これは和様にお見せできるような等級のものではありませんよ。ホシを採取する時には、どうしても砕けちまうホシもあるんです。ただ、紅いホシはそれだけで人気がありますからね。砕けたやつを更に粉にして、樹脂で固めて飾りにしたのがそっちの簪です」

 簪屋は顔には出さなかったが、ギョッとしていた。和が手にしたそれは、一般向けに作った安価な簪だ。形こそ豪奢にはしているが、紅い樹脂の飾りはホシに比べれば輝き方も劣るし、何より今までの和なら気にもかけないような意匠だ。
 それでも、和がそれを求めるならば、売るしかない。気合を入れて作った一等星の簪だが、気に入ってもらえなかったならばやむを得まい。そういう事もあるだろう。

「へえ、面白い事を考えるものだね。これはいくらだい?」

 簪屋は小さく溜息を付いて、そちらの簪の値段をそっと耳打ちした。和の華奢な耳は、鮮やかな紅い蝶の大ぶりな耳飾りで彩られている。この色合いを好む和ならば、一等星の簪を気に入ると思ったのだが。  和は簪屋と目を合わせて、妖艶に笑った。艶やかな化粧に彩られている事も相俟って、彼女の流し目は同性の簪屋ですらぞくりとくるものがある。流石は色街で十本の指に入る遊女と言ったところか。

「いいね。じゃあこの簪を貰おうか」
「ですが……」
「こいつを私の禿の数だけ。あと、さっきの一等星も包んでおくれ。気に入った」

 そう言ってニヤリと笑う和に、簪屋は一瞬何を言われたのか分からず目を白黒させた。直後、状況を理解すると、慌てて何度も首を縦に振り包装紙を取り出す。慌てた様子の簪屋を見ながら、和は口元を隠しクツクツと笑っていた。

 全く、これだから遊女ってやつはいけすかない。

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